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大根役者の猿芝居

どんな役者だろうが、大統領の役になれば大統領のように芝居で振る舞うだろう、総理大臣役もそうだ。織田信長役の役者が敵兵から逃げ惑っていたら映画にならない。さて、どこかの大統領も風体風采は見てくれ通りの大統領だが、中身は役場の町長並みだろう。アメリカファーストとか言って、だれがアメリカ人なのかわからない、かってに「オレだけがアメリカン人」というオチなら誰もが地獄にオチルはなしだ。こんな大根役者どもの猿芝居を世界はどう見るのだろうか。観客が大勢いるというより、全員が観客ではなく、世界中の人類全てが役者なのだ、もちろんエキストラがほとんどだが、主役級の役柄にこの大根どもでは、見る気もしない。映画監督がいれば、主役だけで演技しても映画にはならないだろう、脇役や敵役、通行人からマダムに紳士、花売りの娘に旅の侍、そういうその他大勢が存在して映画の筋立てに必要なのだ。さて、もうろくおいぼれ老害の主人公が一人立ち回り、ひとりで台本読んで、一人でカットする映画を誰がみるのか。ヨーロッパ各国は上映をボイコットするだろう、ロシアもウクライナも今は役を取りたくて出番を待っているが、本当に出番が来るかはわからない。ましてやどこかの総理大臣はお呼びに預からない公算大だ。精々黒子になって大統領のそばでうずくまるのが関の山。さて、猿でもできる猿芝居、「よ、大統領」と威勢の良いかけ声も、結局トンだ三文芝居で終わるかもしれない。

内山家政婦看護師紹介所

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