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宗教は人類の問題(2)

さてさて、宗教を語り出すときりが無い。はっきり言って人類一人一人が宗教観をもっているからだ、人間と宗教は切っても切り離せない。様々な問題を問いかけ、さまざまな側面を論じても、過去現在未来に回答を得られるかは個人の問題なのだ。すでにキリストはいないし、仏陀も、マホメットも回答はくれないだろう。現代にまで残る文書をひっくり返しても寄付や勧誘がどうしたとか書いている文書はない。ながながと論じても仕方が無いので、ここらで結論だけ言っておこう。宗教団体であろうが、政党だろうが、企業、団体、組織さまざまな寄付が行われている。故に寄付が悪いということではない。ここで問題にされているのは宗教団体であるからだ。しかし、逆に宗教団体であろうが無かろうが、その寄付の使い道が適正かどうかで判断するしかないだろう。莫大な寄付で大がかりな工事をするのも適正だし、おおきなイベントや重要な価値ある物を取得するための寄付であり許されることだ、つまりその目的のために人々が同意して寄付はかまわないのだ。ところが教祖の贅沢や教祖の好き勝手に運用したり、使い道も使い方も宗教的な意味も無い寄付はあり得ないと言うことだ。まさに宗教を名乗る悪徳商法、強制詐欺であり、寄付とはいえない。もし寄付を支払わないと地獄に堕ちるとかいうのであれば脅迫であり、何も宗教的な使われ方もしないのであれば詐欺だし、強制的に奪うのは強盗だ。結局、宗教団体かどうかの問題ではなく、寄付のやり方使い方が不法違法であれば寄付は弁済の対象であり、国はその団体も宗教法人という免罪符を渡すのではなく法人格を否定しなくてはならない。宗教と名のればホイホイと法人格を与える無責任政府であれば共犯者とも言えるからだ。さて、統一教は韓国で勝手にキリストの降臨者と名乗り、信者を勧誘し巨額の「寄付」という名称で財産を奪った事案にすぎない、常識ある人であればそのような行為をする宗教、企業、組織、団体いかなる形態でも解散させるだろう、それもできない主権国家であれば、税金など払う必要もないということだ。

内山家政婦看護師紹介所

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