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どこを見ていたのか、奈良警護

繰り返しの憤りは、奈良の警備。なんで、全員で前方を見るように指示したのか、指示されたSPも言われるままに後ろは注意しない、そんな警備に守られながら、一発目がかすめても逃げもしないで振り返る元総理、そして2発目までの数秒間を微動たりともしない警備、正にミッドウェー海戦のような敗北感が漂う。丁度80年前の6月、連戦連勝の帝国海軍連合艦隊は第一次ミッドウエイ島攻撃を成功させていた。しかし、スプールアンス少将率いるミッドウエイ防衛艦隊の急降下爆撃機の高度からの攻撃に全ての空母を失った大敗北だった。寸前まで護衛のゼロ戦はアメリカ雷撃機を全滅させていたにもかかわらず、その雷撃隊にゼロ戦全てが低空域に誘い出され、高空の防御は空っぽだったのだ。一瞬の隙を取るか取られるかで決戦の勝敗が決まるというのに、このざま、この醜態、日本艦隊の司令官はその後も敗北を重ね、最後はサイパン島で逃げ惑うなか重傷を負い自決したと言うことだが、さぞかし優秀な軍人だったのだろう。そういえば、どこかの電力会社の会長も東日本大震災ではご夫婦とも奈良観光に来ていたそうだ。極めて重要なときに会社のトップが優雅な奈良散策で、福島の原子力発電所は発電所の全電源喪失の最中に総理大臣の視察に全力を注がされるという日本の歴史上最悪の失態を招いていたのだ。奈良の大仏様も聞いてあきれているだろうが、肝心の国葬参列の各国首脳には日本の休日をわずかな時間でも楽しんで貰いたいものだ。本当であれば国葬寺における各国首脳との会議などは昔のヤルタ会談なみの重要な位置づけと思いたいが、そのような気配がないということは、すでにウクライナの戦後はもうあらかた決定しているとみた方がよいかもしれない。要は責任者は口だけでは無く、本当に責任ある行動をして勝利する必要があるということだ。

内山家政婦看護師紹介所

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