埼玉で地域医療、介護に尽力されていた先生が殺害された。先月は大阪で労務や職場での精神的ケアをされていた医師がガソリンをまかれ24名の犠牲者とともに殺害された。痛ましいと言うより、腹立たしい話である、犯人は患者である。人に世話になっていたにもかかわらず、逆恨みと言うのか。たしかに怒りもあることがあるかもしれないが、人を殺すという事は異常である。医者ばかりではなく、世界では危険地帯で取材するマスコミカメラマンとか、紛争地の国連の人道関係職員等等々命がけで職務をされている方々に頭が下がる思いです。理由を問わず、銃を使って人を打つ以上は相当の厳罰が必要でしょう。チベットやウイグルでも情報が少ないのは、現地にいる取材の妨害や殺害の恐怖で報道ができないのです、そして中国共産党は自らの犯罪は隠蔽して好き勝手なことができるわけです。日本では政府が花見をしただけで国会が紛糾する大問題になりますが、地球のどこかで迫害され、人権を蹂躙されても日本の野党はしらばっくれてます。
まるで西部開拓時代のようにだれもが自分は自分を守る以外にはだれも助けられない時代に突入しているのかもしれません。こういうところからアメリカでは銃が規制されず野放しになっているわけです。中国がこれだけ発展できたのは、日本からの多額の支援と日本製技術の提供でした。提供したのか盗まれたかはともかく、熱烈歓迎の甘い誘いに乗って日本の経営者や政治家の方々は中国詣でを行い、見事に売国奴になったわけです。中国共産党も狡猾で、中国に協力した人物は死ぬまで感謝しています、キッシンジャーをはじめ親中国の著名人は死ぬまで中国の保護と称賛が付きます。ですからカンボジアであろうがミャンマーであろうが、その国の親分は後ろで中国の操り人形になっていると言う感覚すらないのです。
話は埼玉の事件ですが、なぜ猟銃を持っていたのかが謎です。日本は西部劇の時代ではないので銃の保持は犯罪にも関わる可能性もあるので、警察の不適切は見逃せません、ましてや既に発砲されけがをしていることを承知で10時間以上放置したという事は警察が見殺しにしたと同じです。中国ほどではなくても日本中の治安上の為にはデータベースで危険性を把握し速やかに対処しないと、再びこのような惨事が繰り返されますよ。