木造建築は燃えやすい。これまでも多くの建物を焼失していながら、なぜ首里城は火災に大丈夫と思ってしまったのか。本来ならば見えない部分は防火用の建材でもよかったはずだし、まして本物の文化財ではないので最先端の防災機器を張り巡らせてもおかしくはなかったと思う。120憶円が一瞬で灰燼に帰した。今年三沢沖の海上で墜落したF35戦闘機1機分とほぼ同額が焼失したのだ。おそらく偉い先生方が議論して復興したのだろうが、沖縄県人はもちろん日本全体を意気消沈させた罪は大きい。このように、一般人では理解できないことを専門家たちは平気で決定する。日本の原子力発電を牛耳る原子力委員会も極めてずさんな結論をだしている。新聞記事で恐縮だが、まったく必要のない原子炉周辺に消火器や火災検知用のケーブルを張り巡らせたり、証明不可能な断層診断など、到底科学的でない要素を盛り込んで、日本の電力需要を維持するための方策を妨害しているそうだ。こういう非科学的な委員会は不要である。同じようなことは戦前の軍部がそうであった。西洋の軍隊は基本的に、国民や政府に説明責任があり、各将軍も議会で証言する義務を課せられた。これも西洋の長い歴史が作り出したシステムである、いわゆる文民統制(シビリアンコントロール)であるが、日本帝国は天皇の統帥権のもとに、議会にも国民にも説明が不用で、好き勝手なことをやり、挙句の果てに「大丈夫だろう」と決め込んで戦争に突入してしまったのだ。もしも、中国大陸での戦況を国民の前で正確に説明を述べさせていたら起こらなかったかもしれない戦争だ。つまりそういう説明をきちんと原子力規制委員会もすべきである。今のように独善的に独走させれば、いつかどこかで大火災全焼という事故が起こるかもしれない。ちなみに、よく誤解されるのが、中国共産党は法治国家であるとか、北朝鮮は法治国家であるとかの意見である。これあきらかな間違いで、公正な選挙で民主的な議会で論議された法律ならば法治制度になるが、独裁者ないし密室で決められた彼らの都合に合わせた文章が「法律」と称して国民を拘束するのは法治国家とはありえない。また、国際法や国家間の条約を自己の都合で解釈して、平気で反故にするような国も法治国家ではない。今の中国は誰がいつ決めたかわからない「文章」をもって、いきなり香港の住民を逮捕しているが、まさに強権による封建社会に舞い戻った感がある。これを中国は法律に基づく行為だと称しているが、民主主義の根本原則にもあたらない。また日本人の多数が中国でスパイとして逮捕されている。つまり中国共産党に不都合な人物は理由もなく逮捕拘束できるのであるから、これは法治国家ではいえない。日本の野党も大臣が香典を出したということで紛糾しているが、それはあくまでも選挙の公平性の維持の問題にすぎず、世界における人権侵害に黙っているのは野党の国家議員として仕事をしていないということだ。香港もチベットもウイグルも、南シナ海もなぜ野党は黙っているのか、ちゃんと国民に対し説明すべきだ。はっきり言って、野党は労働団体や市民団体など不明朗な会計処理をきちんと説明してもらいたい。日本は安全大丈夫だと思っていると、台風ひとつで多くの住民が水害に巻き込まれるという非常事態に突入してしまう時代なのである。